「Youran先輩、こっち見てくださ〜い!」
「ん? やっほ〜」
「キャ〜ッ!」
構内を歩く彼女が軽く手を振ると、嬌声が上がる。それほど女子人気が高いのが、RinのチューターでもあるYouranだ。
同学年の人気ももちろんだが、1つ下の学年、つまりRinたちと同学年の生徒たちには特に人気が高く、校内に隠れファンクラブがあり、日々RinはYouranの情報を聞き出されている。
頭脳明晰、成績優秀、時にはお茶目なトラブルメーカー、そして人気絶大。
2学年次の中で彼女ほどトップアイドルに近い存在もいないだろう。
「ただいまっ!」
彼女の家は小さな中華料理店をしていた。
商店街の中でも繁盛している方で常連客も多かったので、経営に困っていることは無いが、それでも至って普通の町の、いわゆる町中華、であった。
「おかえり、Youran。お腹空いてるかい?」
鞄を置きながらYouranに話しかける彼女の母は、とても温厚そうな顔つきだ。
ただ、彼女の母も父も、アイドルからは縁遠い存在であるのは間違いなかった。
「ううん、帰ってきてから食べる」
「……少しくらい腹に入れてった方がいいんじゃねえのか。何か持っていくか」
調理場から父親も顔を出して言う。無骨な感じだが、人当たりの良さそうな雰囲気がにじみ出ていた。
「ううん、大丈夫」
「……道、気をつけろよ」
「うん、ありがとう。行ってきま〜す」
Youranはスポーツバッグを手にすると、父母や店内の客に手を振ってから、再び外に飛び出した。
彼女は小走りで近所の廟にまでやってくると、まず祀られている神様に深々と祈りを捧げた。そして、執務室に顔を覗かせると、いつも通り、部屋の奥に向かって叫んだ。
「爺、いる〜!?」
「はいよ、おるよ〜」
「御堂借りるよ〜」
部屋の奥からひょっこりと顔を出す笑顔の老人に挨拶すると、Youranは廟の奥にある御堂へと歩を進めた。
「よいしょっと」
御堂は都合よく密室となっていた。そのため、音が外部に漏れることがなかったので、大きな音量で音楽を流したり、全力で歌うこともできた。
Youranはスポーツバッグから、細々としたアイテムを取り出し、部屋の片隅にある小さな机の上に並べた。
そしてスマホから音楽をランダムで再生すると、深く深呼吸してから目を閉じた。
音楽が始まると、ゆっくりと動き始めた。
時に妖艶に、時に可愛らしく、時に優雅にその一挙手一投足を変え、舞う。
* * *
彼女は幼少の頃から、この世界の多くの子どもと同じように、アイドルになりたかった。
そして、小学生から中学生になる頃、ある検査を受けた。
この世界には特に芸術活動などを通して奇跡を生み出す力、Creaというものが存在しているが、それらは現代の研究において、精度は高くないものの、測定ができるとされている。
だから、アイドルになりたかった彼女は、その素養、つまり自分にCreaが存在するか、思い切って調べてみたのだ。
そして――彼女は「適正無し」と判断された。
その日の帰り、彼女はショックを隠せず、とぼとぼと帰路についていた。
そして、家の近くにある廟の前を通りかかった。
頭を上げて、ぼうっと廟を眺めていると、赤ら顔で髭を蓄えた主神がこちらをじっと見つめている気がした。彼女は今まで一度もこの廟にお参りをしたことは無かったが、この時はなぜか吸い込まれるように中に入った。
そして神の前に立ち、祈りの作法も分からなかったが、とにかく祈った。
「私を……アイドルにしてください」
「どうして泣いておられるのかね」
突然温かみのある声がした。そしてYouranはいつの間にか泣いていることにも気づいた。
彼女が振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。老人は優しく微笑むと、手招きをし、お茶に誘ってくれた。
Youranは、老人が逆にアイドルについて詳しくなかったからだろうか、アイドルについて思いの丈を語った。
「もちろんそのCreaについては知っとるんじゃが、うーん、よくわからんが……」
老人は、こう切り出した。
「アイドルというのは、その〜、Creaが無いと、絶対になれないもんのかね?」
「え……」
「絶対の絶対に、なれないのかね?」
絶対に、……なれないんだろうか。考えたこともなかった。
それほど、この世界ではCreaという能力が絶大に思えていたからだし、みんなそう言っているからだ。
「それに、『適正無し』と言われただけで、ゼロではないんじゃろ? なら可能性はあるということではないのかね」
「……」
彼女が悩んだ表情を見せると、老人は立ち上がった。
「ういしょっと。ちょっとこっちへ来なさい」
そう言って、彼はYouranを廟の奥へと連れて行った。そこには古ぼけた御堂があった。
「ここは今使っていないし、これからも使うつもりも無い部屋なんじゃが……どうじゃ、ここで、そのアイドルというものの練習をしてみてはどうかね」
「え、いいんですか?」
「まあ、別に無理を言うつもりはないんじゃが……」
「やります」
老人の話を遮るようにYouranは即答した。そして、そう言ってから、そう反応した自分にびっくりもした。
でも、そう答えた自分にはしっくり来ていた。努力もせずに、検査を一度受けただけで諦めようとするなんて、よくよく考えてみたら――馬鹿らしいじゃないか。
「ん〜、そうかいそうかい」
老人は、髭をさすって喜んでいるようだった。
こうして、彼女に秘密の修行場ができた。
老人、Youranが爺と呼んでいる彼は、たまに廟を掃除することを条件に、一切Youranからお金を取ることもなく、毎日御堂を貸し続けてくれた。
彼女はダンスと歌の練習を基本とし、それぞれ毎日三十分以上、その日から一日も欠かさずに踊り、歌ってきた。
そして、見様見真似で、彼女はその能力と技術、そしてそれに裏打ちされた自信を積み重ねてきた。
やがて中学校でも、彼女はその実力を隠しきれなくなり頭角を表し始めた。様々な部活からスカウトされたが、彼女は放課後、廟で練習を重ねることを選択した。
そして高学年になったある日、彼女はあるオーディションを受けるため、仕方なくCrea検査を再び受けた。
その結果は、なんと「適正あり」だった。
彼女は、生まれて始めてかもしれない、結果を見て、嘲笑するように鼻で笑った。何かが吹っ切れた気がした。
その頃からだろうか、友達から、更に明るくなったと言われるようになった。元々のいたずら好きが加速して、たまに怒られることもあった。
学校、店の手伝い、そして廟での練習。毎日が充実していた。
父母や友達、そして爺。多くの人々に支えられながら、彼女は努力と実力でのし上がり、そして、ついに学院への入学を果たす。
学院に入ってからの彼女の邁進と活躍は、語るまでも無いであろう。
* * *
恐らく6曲目だろう、彼女は一旦音楽を止めた。そしてその場に座り込んで、再び瞑想をするように目を閉じた。
彼女は今また、大きな壁にぶつかっている。
自分にわずかではあるが、リズム感の欠如があると悟ったからだ。恐らくそれは数値にも出ており、恐らく学校の教員などにも知られていることだろう。
しかし、どうやら自分は人に恵まれる星の生まれらしい。
幸運なことに、彼女は新たな仲間を見つけることができた。彼女はまだ原石だが、きっと磨けばとんでもない成長をするし、その彼女は自分にも大きな物をもたらしてくれるに違いない。
であるならば、自分も大切なものをシェアしないわけにはいかないだろう。
彼女は目を開けて、ふと思い立ち、口元を綻ばせると、スマホに指を滑らせてから、耳に当てた。
「あ、Rinちゃん、今暇〜? いきなりなんだけどさ、来て欲しい所があるんだけど!」
イラスト:桜祐