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かくして二人は、天界ゲート……と呼ばれている遺跡での野外ライブを企画した。もちろん村長にも許可を取っており、チチカカの民らは大いに喜び期待を寄せて、手伝えることがあれば何でもやろうとまで名乗り上げてくれた。
ならばとソフィア達は、周辺地域への宣伝や舞台の飾りつけ、楽器演奏などを民らに依頼する。ライブの為のロケーションに関してはこれでOK、しからば彼女らが注力すべきはライブのメイン、楽曲とダンスだ。いぶきが作曲、ソフィアが作詞と振りつけを担当し、天界ゲートが作動するような最高の一曲を作ることに決めた――。
湖のほとりが二人の練習場。
いぶきが考えたメロディに、ソフィアが歌を乗せ、踊りを合わせる。
「……うん、悪くない」
「ですね、綺麗にまとまってると思います」
才女二人が楽曲を作り上げるのはすぐのことであった。できあがった楽曲は――そう、「悪くない」し、「綺麗にまとまっている」。でも……。
「……なんだか物足りない」
ソフィアが呟く。メロディも、歌詞もダンスも。いぶきも同意見で、小さく溜息を吐く。
「まだもう少し……良くできそうな予感がするんですよね」
「うん。……80点じゃ駄目」
それなりにいいもの、ではなく、やるからには完璧にいいものを。半端なものではきっと天界ゲートは動いてくれない。
いぶきは真剣に考えこむ。
「曲の方向性自体はこれでいいと思うんですよね。作り直すというよりはこれをどう改善していくか……」
「まだ時間はあるから、少しでもブラッシュアップしていこう」
「そうですね。頑張ります!」
早速――二人はそれぞれの調整に心血を注ぎ始める。
「……うぅーん……」
古今東西の大量の楽器を前に、いぶきは首をひねる。ベースのリズムはできている。ここからどう良くしていったものか。曲のテイストを変えてみる? 自分にとって最も馴染み深いワコク風の楽曲でいくか、ここチチカカ風でいくか、それとも様々な地域の伝統音楽をミックスするか、異界人たるソフィアの世界の音楽も取り入れようか……。
「どうしよう……」
なまじ、いぶきの才能が幅広いだけに選択肢も無限大で。だからこそ、どれを選ぶのが正解なのだろうか……ザンプディポのPiyaPiyaの歌のような、誰しもの心に響くような音楽でなければ……。
(私の曲がイマイチだと、ソフィアさんが帰れないかも……それだけは絶対にダメ……!)
いぶきは自宅に引きこもり、昼も夜もなく楽曲を考え続ける。創っては没、創っては没と、試行錯誤の音色が流れ続ける……。
一方のソフィアもまた、湖のほとりで振りつけと歌詞を考え続けていた。
「はぁっ……はぁっ……」
踊りを考えて試し続けて、汗びっしょりだ。湖の水で顔を洗い、冷たい水を飲む。覗き込む青い水面に――アイドルらしからぬ顔が映った。焦燥、不安、苛立ち。考えても考えても「これだ」というモノが思いつけなくて。
(いぶきや……村中の皆が、私が元の世界に帰る為にって一生懸命なのに)
ぐ、と噛み締める唇。水面から顔を背ける。
(よそ者で他人の私の為に、皆すごく頑張ってくれてるのに。ライブ、楽しみにしてくれてるのに)
不甲斐ない。こんなザマの自分が許せない。
(もっと、頑張らないと)
濡れた顔を手の甲で拭う。休憩終わり、と勇み立ち上がる。
しかし、乙女らの努力に成果が実らぬまま、残酷に時ばかりがすぎて――。
アイデアが煮詰まったまま、ライブ予定日が近付いていた。
「……いぶき、まだ寝てないの?」
深夜のこと。小屋に戻ってきたソフィアが見たのは、楽器に囲まれ作曲を続けているいぶきの姿で。
「ソフィアさんこそ……こんな時間まで練習を?」
振り返るいぶきはクマのできた顔で、同じく疲れ切った顔のソフィアに目を丸くした。ソフィアは口元をもごつかせ視線を逸らす。
……寸の間の沈黙。
お互いの胸によぎるのは、「相手が寝ずに頑張っているんだから、自分ももう少し頑張ろう」という気持ちで――お互いがそれを考えているのがなんとなく分かるから、見つめ合って、二人して苦笑した。
「少し……息抜きしましょうか」
いぶきがゆっくりと立ち上がる。夜のチチカカを散歩しようという提案に、ソフィアも「うん」と眉尻を下げ頷いた。
――焦る気持ちもあるけれど、今はそのことは思考の外に追いやって。
のんびり、ゆっくり、今は何も考えず、二人は湖のほとりを歩く。
そういえば夜なのにすごく明るい、それは――満天の星空の輝きを、このチチカカの湖が全て反射しているからだ。明るい星月夜。山々の合間のその向こうには、ここが高いところだからこそ、果てしなく広がる世界が見える。
「……すごく、綺麗……」
優しい夜の風に包まれて、ソフィアは忘我の中でこぼしていた。なんて果てしなくて、なんて広大で、なんて輝いているんだろう。夜という闇の中なのに、こんなに光を感じるんだろう――この光を見ていると、ソフィアはなんだか、自分がずっと狭い視野の中で俯いていたような気がした。
「こうして景色をゆっくり眺めたのって、久しぶりな気がします」
隣のいぶきがゆっくりと深呼吸をする。ここのところ作業詰めで、空すら見上げていなかった……作業をする手元ばかり、ずっとずっと、俯いていた。
そうだ――二人とも、ずっと焦っていた。
必死なあまり、「音楽を楽しもう」ではなく「いいものを創らなければ」という使命感に、いつのまにか支配されていた。
……あんなに音楽が大好きなはずだったのに。そうだ、自分達は音楽が大好きなんだ。
改めて、二人は自分の心に向き合う。音楽が大好き、という原初の輝きを思い出す。
大好きな音楽を、もっともっと楽しみたい。この喜びを、いろんな人と共有したい。音楽を介して誰かと心をつなぐことって、奇跡みたいに素敵なことだから。
――音楽の『楽』は『楽しい』だ。音を楽しむ、で音楽だ。
「いぶき。……私、歌うことが好き。音楽が大好き」
「私もです、ソフィアさん。私も……歌と音楽が大好きです」
だって、とっても楽しくて、とっても素敵なことだから。原点を見つめ直し、顔を向け合い、乙女二人は笑い合った。久しぶりに、思いっきり無邪気に笑った気がした。
この素敵な喜びをどう表現しようか?
――音楽が、あるじゃないか。
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ライブ当日。
チチカカは大きな賑わいを見せていた。チチカカ中の、そして様々な土地の人々が、ソフィアといぶきのライブを見に訪れていた。なんと神様までチラホラと見受けられる。
「おー、なんやお祭りみたいですなあ」
ヴァーハナとして主人を『乗せて』来たムシカは、飾り立てられ賑やかな風景を興味深そうにキョロキョロ。
「異なる世界の歌姫か……興味深いものだな」
ザンプティポの神ネシアは特等席の御座に腰を下ろし、チチカカの民からの歓待を受けている。
「なんだかおもしろそうじゃのう~! ニャンニャン、歌も踊りも大好きじゃ!」
天界ゲート前ステージの最前席、ニャンニャンは今か今かとライブの開始を待っている。会場は既に満員御礼で、様々な民がわくわくした様子でステージを見つめていた。
人混みの中にはユリィの姿もある。混沌の神として、地域や国や世界すらもまぜこぜになったこの空間は心地よく、楽し気にキツネ尻尾が揺れていた。
――かくして、ステージ上にソフィアといぶきが現れる。
わあっ、と歓声と拍手。賑わいに乙女二人は笑みを返して――音楽が、奏でられ始めた。
旋律に合わせて、乙女二人がゆっくりと口を開き、歌い踊りはじめる。
歌の名は『閃光』。
それは優しく、柔らかく、チチカカを渡る風のようで、湖面が映す星々の光のようで――。
出会った君と はじまりの予感
この手で触れて 耳で覚えた
自信はいつか 輝きに変わる?」
「神様って本当に居るんだね
フシギナチカラ 教えてよ
知りたい! 君の世界をもっと ……でも
僕(君)には帰る(べき)場所がある」
「きらり 願いの強さ 届いたなら
旅の終わり 近づく足音
遠くにいても 空見上げ 君を想うから
大丈夫 未来はきっと その手の中に」
「瞼閉じれば 浮かぶあの日々
出会った君に 高鳴る鼓動
その目で見て 肌で感じて
自信は必ず 輝きに変わる」
「風に運ばれ 聴こえた 花唄
共に過ごし 夢 芽吹く
君が迷わず 進めるように
かけらを集め 光の線を繋ごう」
「ゆらり 心が揺れる日も あるだろう
つまづき 立ち止まる日が 来るだろう
忘れないでいて 空見上げ 君を想うから……」
「きらり 願いの強さ 届いたなら
旅の終わり 近づく足音
遠くにいても 空見上げ 君を想うから
大丈夫 未来はきっと その手の中に」
「信じて 奇跡はいつも その手の中に」
――二人の音楽は、人々の心を心地よく吹き抜けていった。
わあっ、と喝采が辺りを包む。
やりきった――ステージの上で、ソフィアといぶきは目を合わせ、微笑み合い、頷き合う。自分達の音楽への想い、喜びを全て乗せきった、全身全霊だった。一瞬でいて永遠のようで、なんて素敵なんだろう。この光景が、この歓声が、この輝きが、全て全て愛おしい――。
その時である。
天界ゲートが輝きだし――激しい光が、ステージを、辺りを包んだではないか。
「! これって――」
ソフィアは天界ゲートからいぶきへと振り返った。いぶきは驚いた顔をしていたが、うん、と優しく頷いてくれる。
頷き合う乙女らを、神々が客席から見守っていた。心からの歌への餞別として――神様達が、ほんの少しだけ力を貸してくれたのである。
「――……」
ソフィアは、光の向こうから友達の歌が聞こえた気がした。呼ばれているような気がした。
……お別れの時だ。乙女二人はステージの上で見つめ合う。
「ソフィアさん、……また、会えますよね」
「もちろん。また一緒にライブしよう、いぶき。――約束」
「約束……!」
笑みを交わし、約束だと小指を絡めて。
直後、不思議な引力で二人の間に距離ができていく――絆と共に結んだ小指が、ゆっくりとほどけて――
――光が消えた頃、ステージ上からソフィアはいなくなっていた。
きっと、彼女は無事に帰ったのだろう。ぬくもりが残る小指を胸に抱き、チチカカの空を見上げ――いぶきは、優しく微笑んだ。
『了』
執筆:あまひらあすか https://x.com/SUTEKI_NPC
イラスト:藤原カムイ https://x.com/kamuif
劇中曲 作詞:いぶき