2024.06.10

[ショートノベル]Episode of Rin

「お姉ちゃん! そろそろ10時になるよ!?」
「うぇえ……今日土曜日じゃあん……。それにまだあと3分以上ある……ぐぅ……」
「もう〜、そんなこと言ってたら、せっかくのお休みがもったいないよ」
 直後、シャーッ! と鋭い音がした。恐らくMimiがカーテンを開けたのだろう。布団の隙間から部屋に光が入りこんでくるのが分かる。私は思わず、掛け布団を強く握りしめた。
「せっかくのお休みだから寝てるんでしょおがぁ。疲れてるのぉ、まだ無理ぃ」
「お母さんも朝食片付けられなくて困ってるよ」
「じゃあMimi食べていいよぉ……」
「……いいの?」
「……やだあぁ、Mimiのいじわる〜」
「はあ……」
 Mimiが大きくため息をつき、布団ににじり寄るのを察して、私はさらに強く布団を掴んだ。
「もう、ほら起きる!」
 もちろんMimiはあたしから掛け布団を引き剥がそうとした。
「ぎゃー! 助けてー! 太陽が、太陽が目に染みる!」
「ヴァンパイアかっ」
「ぎゃー! 灰になっちゃう~!」
「はいはい」
「……今のちょっと面白いよ?」

 階段を下り、ボッサボサの髪のままリビングに顔を出すと、そこにはぽつんと朝食セットが置かれていた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう、ほら、早く食べちゃって」
「うん、いただきま〜す。……お父さんは?」
 あたしが椅子に座りながら聞くと、お母さんは持っていたお玉を使ってスイングをした。
「ああ、ゴルフの練習かあ。本当、飽きないよねえ」
「って、あんたも同じでしょ? これから出かけるんでしょ」
「うん、食べ終わったら」
「そう。じゃあ帰りに買い物寄ってきてくれない?」
 あたしはくるみパンを頬張りながら、指でオーケーサインを出す。
「いいよ、スマホにリスト、送っておいてね」

 あたしは運動ができるようジャージの体操着に身を包み、運動靴を履いて、玄関を出た。
 外は疑いようのない快晴。さすがにこれだったら、今日一日雨の心配もないだろう。
 気温も快適、風も穏やかで、絶好の運動日和だ。
 どうして朝早く起きなかったのだろう、わずかながらに後悔をしたが、次の瞬間にはもう忘れていた。
 街を歩き、近所のおばさんたちと軽く挨拶をしつつ向かったのは、近所の川べりにある運動公園だった。ここでは多くの人がジョギングをしたり、サイクリングを楽しんだり、ストレッチをしたりと、思い思いに身体を動かしている。とても健康的な光景だ。
 あたしは小さな肩掛け鞄の中からレジャーシートを取り出して、芝生の上に敷き、その上に鞄を乗せた。
 その小さな鞄の中には、財布とスマホ、ペットボトル、タオル、そしてストレッチ用のゴムチューブなど、つまりトレーニング用お道具セットが入っていた。
「さてと、始めますか」
 家からここまでのウォーキングで体を温めたので、次はジョギング、最近先生に取り入れるといいよと教えてもらった逆走をはさみつつ、次は全力でラジオ体操をする。ラジオ体操ほど完成度の高い動的ストレッチは無いんだーっていつもダンスの先生が言ってるしね。
 最後にゴムチューブを使ってのウォーミングアップが終わったら、今日は来週課題として授業中に披露することになっているダンスのステップの練習に取り組むことにした。
「えっと……」
 Youranさんにお願いして撮らせてもらったビデオをスマホで再生しながら、足運びを何度も繰り返す。
「なるほどなあ……、むぅ……」
 そうやってスマホを眺めていると、私のところに近寄る影があった。
 顔を上げたそこにあったのは、妹のジャージ姿だった。
「あれ、Mimi、どうしたの?」
「んー、私もたまには運動しようかと思って。お姉ちゃんは、何か確認してるの?」
「学校の課題のダンス」
「へえ、面白そう」
「Mimiもチャレンジしてみる?」
 あたしは、ずいとMimiに向けてスマホを差し出した。
「私にはできないと思うよ」
「そうかなあ……」
 と言いつつやらせてみると、実際Mimiの方ができるんだよね。お姉ちゃんガックリ来ます。
 というより、Mimiは恐らく同世代の子たちの中ではかなり運動神経がかなり良い方ではないだろうか。
 付け加えるならば、姉のあたしが言うのも何だが、可愛くてアイドルに向いている方だと思う。
「ここの足運び、どうなってるんだろ」
「ん? えっとね、左足を右前に出してから、右足を軸にくるっと回って、今度はこっち側に足を振り出す感じで……」
「ふむふむ」
 というか、もうMimiに教えてもらってる状態だし……。ちょっと情けないぞ、あたし。
 でも、こうやって2人で踊っていると、まるでユニットを組んだかのようで楽しい。なんだかんだ言っても、Mimiが一番のあたしのサポーターかもしれない。
 ということで、結果ダレることもなく、1時間以上のトレーニングをこなすことができた。やったね。

 そろそろ小腹がすいてきたので、クールダウンをしてから、任務をこなすためにスーパーに寄ってから家に帰ることにした。
 ちょうど12時を知らせる、街に鳴り響く音楽とほぼ同時に、2人で店内に入る。阿吽の呼吸なのだろう、あたしがカゴを手に取ると、Mimiはすぐにカートを取りに行った。そして、頼まれていた牛乳やパンなどを2人がかりでカゴの中にどんどんと入れていく。ついでにあたしのお菓子も買う。
 ひとしきり物色が終わると、Mimiは好物のカヌレを手に取っていた。ここのスーパーに併設されているパン屋のそれは本当に美味しいのだ。
「お姉ちゃん〜、カヌレ、トッピング無しとチョコトッピング、どっちがいい?」
「……両方かな?」
「もう、仕方ないなあ」
 そう言って、満更でもない顔をしながらカヌレをカゴの中に大量に投入するMimi。そんなに買えとは言ってないんだよなあ。
 そうして言いつけられた必要なものと、それ以上の量の必要でないものをカゴに詰め、スーパーのレジに並んだ。
「あらあら、今日はお菓子がたくさんね」
「……年頃ですから」
 知り合いのレジのおばさんにあたしたちは声を揃えて言うと、そうね、年頃だもんねと、笑って返された。
 カバンの中に入っていたマイバッグをざっと広げると、Mimiがドカドカと買ったものを全部詰め込んで、2人でスーパーを出る。

 家に帰ると、何はさておきすぐに風呂場に飛び込んでシャワーを浴びたい、と思うくらいには汗をかいていた。
「Mimi」
「……何?」
「お姉ちゃんと洗いっこしようか」
「何その言い方! キモッ!」
「ぐへへ〜」
 冗談を言いつつも、結局2人で風呂に入ってしまう辺り、普通の姉妹よりは仲がいいのかなあなんて思ったりもする。
「あー、届かないッ! お姉ちゃん背中の方に手が届かないよお」
「うるさいなあもう。はいはい、洗えばいいんでしょ」
 嫌々ながらもボディタオルで背中をこすってくれるMimi。
「仕方ないなあ、おぬしの背中も洗ってしんぜよう」
「誰それ……。それに頼んでないし」
「まあまあ、遠慮しない遠慮しない。おーすべすべ」
 逆にあたしがMimiを洗ってあげると、恥ずかしそうに顔を赤くしているところが中々可愛い。こういう反応も含めて、Mimiはアイドルの素質があると思うのだが。
 結局、いつも通り、お風呂から出たところでタオルで拭き合いっこまでするのだった。

 風呂上がりに昼食。最高の土曜日だ。
「お姉ちゃんも、今カヌレ食べる?」
 リビングのテーブルで、まさに今冷やし中華を食べようとしていたあたしにMimiが言う。
「でも、今日のお昼、これだよ?」
「うん……」
「焼き菓子と冷やし中華の組み合わせはさすがにどうなん? おやつの時間に取っておけば?」
「……でも、今食べたい気持ちに……嘘がつけない……」
 Mimiがぼそっと言う。こいつやっぱり可愛いな。
「だね、嘘はつけないね」
「だよね? じゃあ一緒に食べよ、お姉ちゃん」
 そう言うと、彼女は冷やし中華の皿の上にカヌレを置いた。あたしとMimiはその光景を見て、そして見つめ合うと思わず吹き出して笑った。
「へへ、いただきます」
「うん、いただきます」
 ああ。あたしたち姉妹、変だけど、仲良しでやってます。あたしももう少し、Mimiに認められるような、良いお姉ちゃんになれるといいんだけどなあ。
 そんなことを思いながら、冷やし中華とカヌレを頬張る午後だった。美味しい。


イラスト:桜祐